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詩(ポエム)

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京都・歳時記 ★祇園祭★

作: dagg2


歳時記とは・・
歳時記とは「歳事記」とも書き元々、四季の事物や年中行事などをまとめた書物のことであった。
長~~~~~~いからネェ~~

行けば判るんだけど、夏の京都その物ともいえる祇園祭の解説をいたし〼。
このページを読んだ貴方・貴女は、祇園祭りにハマることになるでしょう。

能書きと講釈のことは、まかせなさいよ~~~~~ぉ。
読んで為(ため)になる祇園祭の通(つう)になり、読まれた方の蘊蓄(ウンチク・知識のことを指す)が、また1ッ増えるはず・・

  
  ほな「祇園祭」とはどのようなお祭りなのかの解説の開演で~す。


実際に「山・やま」や「鉾・ほこ」を見て廻った後なら、TVや雑誌などで紹介されている祇園祭の解説の理解度もアップして「一生に一度は見ておきたい!」から「また行きたい!」に変わるはず・・

大丈夫よ~~ぉ。
誰にも判るように解説していくから。まかせなさい!

京都の夏といえば祇園祭。
「一生に一度は見ておきたい」という人も多いはず。
京都の7月は、すべてが祇園祭と言われるほどの規模で、お祭をどう楽しめばいいか判らない人も多いのよ~ぉ。

      そもそも「祇園祭」と言うのはネェ~~

その昔、京都に疫病が蔓延(まんえん・ここでは、病気や悪習が広がることを指す)し、それを鎮(しず)めるため、「祇園社・現在の八坂神社のこと」に祀られている「疫神牛頭天王・えきじん、ごずてんのう」(疫病をはやらせる神のことで「疫病神・やくびょうがみ」で
祇園精舎の守護神で「除疫神・じょえきじん牛頭天王に寄せる郷土の守護神のこと」として、京都八坂神社・愛知津島神社に祀られるを始めとする神霊(しんれい・神に近い存在になった霊のこと)を神輿(みこし)に遷し(うつし)、神を迎える庶民側の「詰所・つめしょ」(待機する施設のこと)である「御旅所・おたびしょ」に鎮まっていただき、災厄の除去を祈って再び祇園社へと戻る神事のことで、祇園祭の原型は・・

   『ご祭神を乗せた神輿が、御旅所と祇園社の間を往復』

するのがメインの神事のことである。
神輿を「御旅所」に迎える神事までの期間7月14日~17日を『前祭・さきまつり』と、言い「御旅所」に鎮座していた神輿が八坂神社へお還りになる神事までの期間7月21日~24日を『後祭・あとまつり』(~~をしなかったなんて「あとのまつりよ」と、言う『後祭』は祇園祭から出た言葉であると言い〼。

現在では、祇園祭で神輿が向かう「御旅所」があるのは四条寺町。
初期の頃は「神泉苑・しんせんえん」(平安時代、疫病が流行し多くの人々が亡くなり、それは無実の罪を着せられた御霊によるものだとされました。
貞観5年朝廷は六柱の御霊を鎮めるため、神泉苑で盛大な御霊会を行いました。その後、貞観地震や富士山の噴火など全国的に天災が相次ぐ中、貞観11年には、国の数であった66本の鉾を立て、祇園社(八坂神社)から神泉苑に御輿を送り、日本の平安を祈る御霊会が行われました)
これが祇園祭の発祥とされ、当時の国数と同じ66本の「矛・ほこ」を立て、牛頭天王を迎え入れました。
その「矛」が今の「山鉾・やまほこ」の原型となった。

やがて・・

    「山鉾」が神輿の通る道を先行して清める

「山鉾巡行」が行われるようになり、時代と共に形と数を変え今のような姿になり、祇園祭のシンボルとなっていきました。
祇園祭には33の「山と鉾」が登場しますが、7月中いつでも見られるわけではありません。
「前祭・さきまつり」に23基「後祭・あとまつり」に10基と分かれて「山鉾巡行」を行います。
「山鉾巡行」は文字通り「山と鉾」が巡行する神事。
ご祭神を神輿にお遷しし町を巡行する「神輿渡御・みこしとぎょ」に先立って行われ・・

「前祭」では7月17日
「後祭」では7月24日に執り行われます。

「神輿渡御」は「山鉾巡行」と同じ日の夕方から深夜にかけ行われ〼。

ご祭神が「御旅所」へ向かう「前祭の神事」を「神幸祭・しんこうさい」と呼び
八坂神社へ戻る「後祭の神事」を「還幸祭・かんこうさい」と呼ばれている。

「コンコンチキチン、コンチキチン」
祇園囃子とともに、7月の京都は祇園祭一色。
祇園祭は千年以上の歴史を持ち、7月1日「吉符入・きっぷいり」から31日「疫神社、夏越祭・えきじんじゃ、なごしさい」まで、1か月にわたって多彩な祭事が行われる八坂神社の祭礼ですが、なかでも17日の「前祭」と24日「後祭」の「山鉾巡行」そしてそれぞれの宵山には大勢の人々が訪れ、京の町は祭りの熱気に包まれます。

でもねぇ~~
「山鉾巡行」は祇園祭のハイライトであり「メインイベント・前哨戦と言う意になるけれど、ボクシングやプロレスでアナウンスされる「本日のメインイベント」と紹介されるでしょ・・

「祇園祭の“おおとり”」は・・

「八坂神社」と「御旅所」を行き来する「神輿渡御」になり〼。

華のお江戸は大東京の下町の「神田明神の神田祭」も「浅草寺の三社祭」も「神輿渡御」が神事であり、東京の神田祭も三社祭も豪華絢爛な神輿に、各町内会で揃えた「印半纏・しるしばんてん」に「半ダコ」姿。
小粋なお姉さんも、晒を巻いた半纏姿にピチピチの半ダコで、髪をアップにして豆絞りのハチマキを締めている。
神輿を担ぐ掛け声も「セイヤ・セイヤ」とか「ソイヤ・ソイヤ」小粋なお姉さん方は「サァ~~・サァ~~」とカッコのイイ掛け声で神輿を担いでいるが・・

祇園祭の「神輿渡御」の掛け声は・・

祇園祭では「中御座神輿」「東御座神輿」「西御座神輿」の3基のお神輿が用いられ〼。
「中御座神輿」「東御座神輿」は2ton「西御座神輿」に至ってはなんと3ton
さすがにこれだけ重いお神輿を担ぐので、担ぎ手の人数は1800人以上必要なんですって・・
西御座神輿は担ぎ手がいないと担げないので、仕方なくお神輿に車輪を付けて引いていたこともありますが、現在では昔からの伝統を重視して、再び人の手で担ぐようになってい〼。

でもネェ~~

    祇園祭の神輿を担ぐ掛け合は「ほいっと・ほいっと」

私はチャキチャキの江戸前の女だからかも知れないけれど、神輿を担ぐ掛け声は江戸前の掛け声の方がカッコもいいし、決まるでしょう!
三基の超重いお神輿を担ぐ担ぎ手は東京と同様、白の「印半纏・しるしばんてん」の後ろに『錦』と染められ、首の後ろに中・西・東の御座神輿の頭文字も染め込んである。「半ダコ」にスネまである白足袋姿、江戸で言う粋で鯔背(いなせ)ないでたちであったが、掛け声は・・

          『ほいっと・ほいっと』


実はこの「ほいっと・ほいっと」の掛け声には2ッの由来があるのです!

1ッ目は京都の文化と関係がありました。

京都にある高瀬川と言う川が流れてい〼。
この高瀬川は「人工河川」で、京都~伏見までの荷物を輸送する河川で「舟運」として使われていました。
この川の船頭さんは船から荷物を下ろすときに「ほいっとほいっと」という掛け声を使っていたようです。
そして、この船頭さんたちの掛け声が「お神輿の掛け声に使われる」ようになったと考えるのが1ッ目の説です。

2ッ目は「ほい」という言葉に意味がある。

「ほい」という言葉を紐解いていくと・・
物を担いだり・動かしたり・手渡したりするときの掛け声。

「えっさ ほい さっさ」←え~~ぇッッww お猿の駕篭屋じゃない!

担ぐときの掛け声である「ほい」が転じて「ほいっと・ほいっと」になったと考えるのが2ッ目の説です。
             ~デジタル大辞典・参照~

貴方・貴女ならどちらの「説」をしんじますか?

御御籤(おみくじ)と一緒です・・


祇園祭の話題は毎年先頭を飾る「山鉾」の代表「長刀鉾・なぎなたほこ、最も古い鉾」と巡行最後を飾る「大船鉾・おおふねほこ」
明治維新時の「禁門の変」での火災により焼失。
150年後の平成26年に復活しました。

「船鉾・ふねぼこ」と対(つい)になる「大船鉾」
新羅出船を行った「神功皇后・じんぐうこうごう・日本書紀にも記される神功皇后の新羅出船の神話が由来」で、船型の「鉾」で「船鉾は出陣の船鉾」と呼び「大船鉾は凱旋の船鉾」と呼ばれてい〼。
神功皇后は応仁天皇を身ごもった状態で戦に勝利した後、無事に出産を終えたました。そのため「大船鉾は安産」のご利益があるとされています。

「山鉾巡行」

「前祭」は17日で四条烏丸を出発。
四条通を東へ向かい、河原町四条で左折。
北上し河原町御池の再び左折。
西へ向き新町御池へ向け「逆コの字」で進行します。

「後祭」は24日で「前祭」と同じルートを逆向きに烏丸御池を出発。
河原町通を南下して、四条烏丸へ向かいます。

山鉾は交差点で90度方向を変えます。
車輪はありますが「舵やハンドル」にあたる機能はありません。
そこで「山鉾」は車輪の下に竹を敷いて水をかけ方向を転換させます。
「辻回し・つじまわし」と呼ばれる方法は迫力満点。なんですよ~~~ぉ。
勇壮な山鉾巡行と並ぶ祇園祭の象徴が「花傘巡行」現在の祇園祭では以前の形式が復活しました。
以前は前祭にすべての山鉾が巡行していましたが、その間「後祭の山鉾巡行」の代わりに誕生したのが「花傘巡行」になり〼。
花傘の女性、舞妓を乗せた曳き車が、子供が「白鷺・しらさぎ」に扮した「鷺踊・さぎおどり」などが構成する華やかな「花傘巡行」です。

    「山鉾」は「動く美術館」とも呼ばれています。

必ず鑑賞できるようなスケジュールを立てておいた方がイイですよぉ~~ww

ほかにも魅力的な「山」や「鉾」はいっぱい。
龍の目がLEDで光る「役行者山・えきぎょうじゃやま」
カラクリ仕掛けのカマキリが動く「蟷螂山・とうろうやま」など、さまざまな「山鉾」が登場。
平家物語の「宇治川の合戦」の一場面を再現。
僧兵の「筒井浄妙・つついじょうみょう」に対し「一来法師・いちらいほうし」が、橋桁を使い頭上を飛び越え、先陣をとった一瞬の場面がアクロバティックに描かれている「浄妙山・じょうみょうやま」
自分のお気に入りの推し「鉾」を見つけるとグッと愛着がわきますよ~~~ぉ。

33の山鉾のうち10基は宵山期間中、上に登って拝観可能。
ただ「長刀鉾・なぎなたほこ」と「放下鉾・ほうかほこ」は『女人禁制』なので、ご注意を!!
宵山の会場ではパンフを配っているので、それを参考にして目当ての山鉾を見逃さないでネェ~~~~~~~~~ww


祇園祭と言えば「宵山・よいやま」

7月1日から31日の期間行われる祇園祭。
「山鉾」が登場するのは「鉾・山建て」の「宵山・よいやま」の山鉾巡行の期間の、およそ1週間ほどで「前祭」と「後祭」にそれぞれ行われ〼。

「宵山」とは・・

「鉾立」を行った「山鉾」が「巡行までの期間」と「待機している期間」のことで「山鉾」がライトアップするのも「宵山」。

「前祭の宵山は7月14日~16日」                 

「後祭の宵山は7月21日~23日」

「山鉾巡行」の1日前を「宵山。2日前を「宵々山・よいよいやま」3日前を「宵々々山・よいよいよいやま」と言いますが「鉾立」から「山鉾巡行」までのすべての期間を「宵山」と呼ぶのが本来の呼び方なのですが、京の年配の爺様婆様たちは、今でも「宵山・よいやま」「宵々山・よいよいやま」「宵々々山・よいよいよいやま」と呼んでい〼。

また「宵山」だけの祇園祭の定番アイテム『粽・ちまき』があり〼。

京都見物に来ると、各家の軒先によく吊るされている『粽』
かつて「素戔嗚尊スサノウノミコト、日本神話に登場する神で、天照大神(アマテラスオオミカミを困らせた ヤマタノオロチを退治した神」を助けた「蘇民将来・そみんしょうらい、日本各地に伝わる説話を起源とする民間信仰のこと」という人の子孫の印となっている。
災厄や疫病を払い『福を招くお守り』のような品で「詰所・つめしょ」とか「会所・かいしょ」と呼ばれる山鉾近くの処で、宵山の期間だけ売って〼。
『宵』という言葉と「山鉾の灯の美しさ」から、夜だけのイメージがある「宵山」ですが、昼間も「山鉾」は公開され『粽』も購入でき〼。
人出も控えめで『粽』を買うなら宵山の昼がオススメかも?
『粽』はお菓子の『粽』と違い「藁・わらとクマザサ」で作られたもので食べられへんからね~~~~~ぇ。


こんな処が祇園祭の代表的な行事だと思いますが・・?

あと21日祇園祭は続き〼。

暇な方で、お金のある方。
夕方4時から10時までの6時間の案内&講釈代1人@30000円。
10人揃えてくれたら、うっとこがご案内申し上げ〼。

           =JR東海
           =協賛・株式会社モア企画、他多数

※この詩(ポエム)"京都・歳時記 ★祇園祭★"の著作権はdagg2さんに属します。

作者 dagg2 さんのコメント


最後まで読んで頂きありがとうございました。
高校生まで京都は嵐山でタヌキとキツネさんが友でした。
華の大東京で苦学4年←なくも涙。語るも涙。で4年間を謳歌。
某カドカワに入社、7年半の旅人人生、半年華のお江戸で内勤デスクから3年の予定で札幌店準備室室長で赴任、3年半札幌に、華のお江戸に帰りまた半年後故郷の京都準備室の室長で赴任、計3枚目の辞令をもらいました。3年半で円満退社。友と2人で京都で起業。札幌・東京・京都の使える舎妹を19名引っ張り友と2人の21ネ名、令和元年7月10日までには総勢33名の女だらけの会社のボスをしてます。
ものすご~~く優しいボスで~~~ス。

                  dagg/嵐山より

この詩(ポエム)の評価
評価項目評価数
深い 1
楽しい 2
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この詩(ポエム)へのコメント (8件)

ももこさん

'19年7月10日 16:32

この詩(ポエム)を評価しました:楽しい

daggさん こんにちは

すごく難しいことをさらっと書かれていて素晴らしいと思いました。

>貴方・貴女ならどちらの「説」をしんじますか?

私は2つ目かな~。
ほいっと掛け声をかけるところから由来してるように思えるのですが・・・。

>お猿の駕篭屋じゃない!

吹き出しました^^

ユーモアもたっぷりで楽しい作品でした(^-^)

杉菜まゆか

'19年7月11日 07:28

この詩(ポエム)を評価しました:深い

大昔、文通していた宇治出身の女性に誘われ、宵々山コンサートに行ったのを覚えています。フォークのコンサートでしたが、ゲストがタモリでした。そういえば、フォークの発祥地は京都でしたね。

RARA-Z

'19年7月11日 17:29

この詩(ポエム)を評価しました:楽しい

ボス、長~~~~~いですね。
でも最高でした。
文章の中味はボスが良く言う「Eの線」です。

最後の三行、人は集まりましたか?

ご自分のコメ欄に、苦学4年・泣くも涙、語るも涙とありますが
ボスのことを知らない人は、信じちゃう人がいるかも!
当、営業所のボスのことを知ってる人たちと、コメ欄を読んで
大ウケでした。

「優しい」だけは、合ってると思いました。

          舎妹/テケ

dagg2

'19年7月12日 15:52


ももこさ~~~ん
こんにちわ~~~ぁッッww

叔母夫婦と子供と一緒に京都に来てたのですが、叔父が「博多祇園山笠」を見たいと言い出したので、9日の晩に博多入り。「京都の祇園祭」「博多祇園山笠」「小倉祇園祭」と共に「全国三大祇園祭」に数えられている「博多祇園山笠」見物に・・
京都の祇園祭が『静』の祭なら、博多祇園山笠の祭りは「オイサ・オイサ」の掛け声とともに「舁き手・かきて」たちが躍動する「動」のステージへと突入して行き「水法被・みずはっぴ(上から鉢巻・水法被・腹巻・締め込み(ふんどし)・舁き縄(かきなわ)・脚絆(きゃはん)・地下足袋(じかたび))」姿の男たちが重さ約1トンの「舁き山笠・かきやまがさ」を担いで博多の街を疾走。男たちは沿道からの「勢水・きおいみず」と雨でビショ濡れになりながら1年ぶりの舁き棒の感触を確かめているのかも・・(7月10日)

小倉の夏は今年も熱く、燃えることでしょう・・
「無法松の一生」ハイライトの小倉祇園太鼓は、7月19日・20日・21日の3日間。(叔父・叔母は小倉に出て、祭りを楽しんでくると。私と子供は京都に戻りました。)
JR小倉駅前から小倉城・八坂神社へ通じる繁華街のいたる処では「ヤッサヤレヤレッ」というかけ声とともに「ドンドコ・ドンドコ」と打つ太鼓やジャンガラという「すり鉦(がね)」の音が今年も響き渡ることでしょう・・ (旅人の時、3度も足を運んだ小倉祇園祭です)
華のお江戸は地元の大宮八幡宮の8月1日の朔旦祭(さくたんさい・毎月ついたちに行われる例祭)までには、浜田山の自宅に戻る予定です。

ももこさ~~~んッッww
いつも覗いてくれてありがとうござい〼。

            ~”京都から博多まで”/dagg

dagg2

'19年7月12日 17:11


姉さまへ

姉さまも京の円山公園音楽堂で行われていた宵コンに行かれていたんですネェ~~
うっとこの時のゲストは”おすぎ&ピーコ”でしたから、相当昔の宵コンです。今では円山公園での宵コンは、もう行われてないみたいですが、ライブハウスで宵コンが行われていると聴きましたが、こちらの宵コンには行ったことはありません。
大阪のお祭りと言えば9月の「岸和田だんじり祭り」が筆頭ですよネ。
浪花の夏を彩る火と水の祭典。大阪天満宮で行われる「天神祭り」は京都にいる時毎年のように行ってました。
今では”海”を右手に”空”を左手にtwin’sを抱っこしながら山鉾を見て廻っ〼。飲み物は関西の夏の定番「ひやしあめ」この10月15日で3歳になるtwin’sですが、言葉もハッキリして来て、小生意気でオシャマな女泣かせのmen’sになるかも?

姉さま、いつもありがとうござい〼。

                 ~dagg

dagg2

'19年7月12日 17:59


後久美所長へ

10人集まらないのよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぉ。
JTBの方で何とかしてくれない?

何言ってるの・・
立派な苦学生でしたよ。
びんぼうだったので、水着が買えず4年間で8枚の水着しか買ってもらえませんでした。
右肺を1/4カットされたので、競泳は出来ませんが高井戸の”美しの湯”にある25mプールで子供と一緒に泳いでい〼。青山の時に講習を受け実地練習が6カ月、swimming教室のトレーナーにもなれ、青山の時から通いなれた”美しの湯”のプールで妊婦の方の水泳教室の指導員(杉並区認定指導員)もしてましたが、忙しすぎて、今は子供と楽しく泳いでるだけになりました。
swimmingはいいわよ~ぉ。
女性で本格的なバタフライを泳ぐ人を目の前で見れて、感動したわと言ってくれたおば様方。
swimmingcapを取り、水中メガネを外して髪の毛をかき上げる仕草。
swimmer「究極・きゅうきょく、物事をつきつめ極めることを指す」の一瞬である。←きっと、絵になる光景!

                  ~dagg

杉菜まゆか

'19年7月13日 08:23

 イエスキリストのこの世の降臨は、二千年前、神の独り子であるイエスキリストが、人間の心身をもち、人間の罪のあがない(いわゆる犯罪ではなく、人間なら誰でもあるエゴイズムや自己中心)をするために、この世に降りてこられたのです。
 だから、イエスキリストは100%神であり、100%人間でもあり、人間の心身の苦しみをも知っておられるわけです。
 イエスを信じるだけで救われる、善行をするわけでも、多額のお布施をするわけでもなく、ただ信じるだけで救われます。

 以上のことは、私の通っている日本基督教団住吉教会の牧師の説教でもあり、神学書の記述でもあります。
「ロボットより人の道生きたい」のコメント欄の内容も、久保有政氏の神学書「レムナント」の記述であり、決して私個人の見解や考え方ではありません。
 

dagg2

'19年7月13日 18:25

姉さまへ。

了解いたしました。

         dagg~

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